【登場人物】
マスター(50代):地方で17年、トップセールスとして鳴らした経歴を持つ男。今は静かにバーを営みつつ、悩める若者の「裏・営業顧問」となっている。
カナ(24歳):地方配属2年目のルート営業マン。慣れない土地での人間関係に疲れ果てている。
(深夜の地方都市。カウンターだけの小さなバー。雨音が静かに響いている。カナが溜息をつきながら、ハイボールのグラスを揺らす)
カナ:……マスター、もう限界かも。今日もあそこの事務員さんに無視されたし、お客さんのところに行っても「何しに来たの?」って顔されるし。仕事の話なんて、1分も持たないですよ。
マスター(グラスを磨きながら):……カナちゃん。地方のルート営業ってのはさ、マラソンなんだ。全力疾走で100メートル走る奴より、ゆっくりでも「走り続けられる奴」が最後に笑う。
カナ:でも、何を話せばいいのか分からないんです。新商品のアピールだって、すぐ終わっちゃうし。
マスター(氷を一つ、カランと入れる):いいかい、結論から言うよ。「仕事の話」なんて、しなくていい。
カナ:えっ?
マスター:会話の9割は世間話でいいんだ。天気がどうだとか、あんたの出身はどこだとか、昔何の部活をやってたか……そんな「とっかかり」を必死に探す。君はただ、聞き手に徹すればいい。
カナ:世間話だけでいいんですか?
マスター:ああ。ただし、**「政治・宗教・野球」**の3つだけは絶対に話すな。これは火種の元だ。それ以外の情報をかき集めるんだよ。誰が決定権を持っていて、誰が誰と仲が悪いのか……。一人一人の趣味嗜好、家族構成まで、全部メモして頭に叩き込む。
カナ:……メモ?
マスター:そうさ。毎日通うんだ。ネタが尽きたら、収集した情報を深掘りすればいい。そうやって通い詰めているとね、ある時ふっと「壁」が消える。
カナ:壁……。
マスター:**「第1歩」は、その会社に商材の引き合いが来たとき、真っ先に君の顔が浮かぶ状態を作ること。
「第2歩」**は、誰がキーマンかを見極め、その人の懐に入ること。そして、
カナ(身を乗り出す):そして?
マスター:「第3歩」。その客先の情報に関して、「社内の人間より私の方が詳しい」と豪語できるようになること。そうなれば、もう競合は入ってこれない。最強の参入障壁だ。知識なんて、その都度調べりゃいいんだよ。
カナ:……「営業」じゃなくて、「親しい隣人」になるってことですか?
マスター(ニヤリと笑う):正解。地方の商売は、客先を「戦場」じゃなくて「憩いの場」に変えた奴が勝つんだよ。自分自身が楽になるためにね。
カナ(少し表情が明るくなり、グラスを空ける):……明日、もう一回行ってみます。世間話のネタ、探しに。
マスター:いい顔になった。……あ、ベテランの客が来たら、またコメント欄でビシバシしごいてもらおう。
カナ:ふふ、お手柔らかにお願いします。
マスター:さて、明日からのためにもう1杯奢ろうか。
カナ:マスター!太っ腹!

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